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2021年10月13日更新
国立研究開発法人海洋研究開発機構(理事長 松永 是、以下「JAMSTEC」という。)地球環境部門環境変動予測研究センターの高須賀大輔ポストドクトラル研究員、お茶の水女子大学の神山翼助教、東京大学の三浦裕亮准教授、末松環特任研究員は、熱帯域で巨大な積乱雲群として観測されるマッデン?ジュリアン振動 (MJO) が熱帯インド洋でどのように発生するかを解析などした結果、高度約10kmの上空を伝わる大気中の“波”(周期的な大気変動)の増幅がMJO発生の引き金であることを初めて突き止めました。
MJOは、熱帯域の日々の天気を大きく左右するほか、世界規模で異常気象をもたらす要因となるエルニーニョ現象の発生や終息、日本を含む中緯度域に来襲する熱帯低気圧の発生にも関係するため、我々の生活とも無縁ではありません。MJOの発生メカニズムを解明することで、MJOとそれに関連した上記の現象の予測精度向上が期待される一方、MJOの発生を特徴付ける雲群の形成は水蒸気?気温?風の変動が複雑に関係し合って実現されるものであり、それらのプロセスをときほぐした明快な理解には至っていませんでした。
本研究では、MJOを現場観測した際に得られたデータの解析や、熱帯大気の運動を計算するシミュレーションを通じ、特に風の変動に着目することで、MJOの発生を説明する全く新しい見方を提案しました。具体的には、MJO発生前に熱帯インド洋のはるか上空で観測される数日周期の大気波動「混合ロスビー重力波 (※1)」が、インド洋西部上空で増幅することをきっかけに大気の下方にまで伝わり、その結果、地面付近に風の変動が促されてインド洋でのMJOの雲群を発生させることを初めて明らかにしました。また、このプロセスの引き金である「インド洋西部上空での混合ロスビー重力波の増幅」は、年間を通してインド洋上に存在する大気循環(ウォーカー循環)の影響を受けて引き起こされることも示しました。
MJO自体は積乱雲を主役とする約1?2ヶ月周期の現象であるため、その解釈の際には積乱雲ができ始める大気下層の数十日単位の変動が注目されがちでしたが、本成果はその定説を覆し、「はるか上空におけるMJOの周期とは異なる変動」にこそMJOを発生させる種があることを初めて示すものです。この知見は、MJOの発生タイミングの予測に活用できるほか、天気予報や気候予測に使われているシミュレーションの再現性の評価や改善に有用であると期待されます。
本成果は、米国地球物理学連合が発行する専門誌「Geophysical Research Letters」に10月13日付け(日本時間)で掲載される予定です。また本研究は、日本学術振興会科学研究費補助金(20J00605, 20H05728, 19K23460, 20K14554, 16H04048, 20B202, 20H05729, 21K13991) の助成を受けて実施されました。
タイトル:MJO Initiation Triggered by Amplification of Upper-tropospheric Dry Mixed Rossby–gravity Waves
著者:高須賀大輔1、神山翼2、三浦裕亮3、末松環4
所属:1. 海洋研究開発機構、2. お茶の水女子大学、3. 東京大学大学院理学系研究科、4. 東京大学大気海洋研究所
マッデン?ジュリアン振動 (MJO) は熱帯域における顕著な気象現象の1つです。MJOは、主にインド洋で水平方向に数千kmにもわたる巨大な積乱雲群として現れたのち、その雲群が約5m/sという自転車並みの遅さで、太平洋上に向かって数十日かけて移動する現象として観測されます(図1)。MJOの雲群は熱帯域に多量の雨を降らせ、その通り道にあたる国々に時として豪雨災害をもたらします。また、MJOの巨大な雲群の維持とつり合うように熱帯域全体にわたって大気の流れが変化することで、世界規模で異常気象を引き起こすエルニーニョ現象の発生や終息に影響したり、中緯度域にも来襲する熱帯低気圧の発生の促進につながったりするなど、熱帯域以外の気象?気候も大きく揺らぎます。日本もその例外ではなく、過去にはMJOが遠因となって異常高温や大雪がもたらされたことがありました。
このように、ひとたびMJOが発生するとそれに伴う気象変化は世界各地に及ぶことから、MJOがいつ?どのような状況を経てインド洋で発生するかを精緻に理解し、その知見をMJOの発生予測に活かすことは大変重要です。この認識のもと、MJOの発見からちょうど50年を迎えた今年に至るまで、多くの研究者がMJOの発生メカニズムの解明に挑んできました。
解明に向けた先行研究の中には、MJOが水蒸気を源とする積乱雲で構成されていることに着目し、MJOの発生前にインド洋で水蒸気が蓄積するプロセスを調べたものが多くあります。この水蒸気蓄積には、MJOに対応する時間スケール (1ヶ月程度) での海からの蒸発や大気中下層の運動による水蒸気の輸送が一役買っていると指摘されています。
一方で、燃料があってもいつそれに火がつくかは別問題であるのと同じように、蓄積した水蒸気のおかげでインド洋がMJOの発生に適した環境になったとしても、最終的に何がいつMJO発生の引き金を引くかは決して自明ではありません。引き金の候補には、例えば上空の気温の変動や地面付近の風の収束(風によって空気が集まること)に伴う上昇流の生成があり、その過程まで含めて解明する必要があります。しかし、そうした気温や風の変動は1日?数日単位でも観測されるものであり、必ずしもMJOに対応する時間スケールに沿って起きるとは限らないという複雑さがあります。このようにさまざまな変動が互いに絡み合っていることが、MJO発生の決定的な引き金の特定を難しくしています。
熱帯域では「赤道波」という赤道上空を東西方向に伝わる大気の“波”によって、数日単位の風や気温の変動がもたらされることが多くあります。池に石を投げ入れると水面に波が立つように、